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名古屋高等裁判所 昭和33年(う)722号 判決

被告人 村田徳平

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

被告人につき、公職選挙法二五二条一項の選挙権及び被選挙権停止の規定は、これを適用しない。

理由

弁訳人の論旨第一点、及び被告人の論旨中事実誤認の主張について、

所論は、原判示事実中、小野小鈴、小野徳雄、林庄平、谷口照子、木下延一に対する各事実は、公職選挙法一三八条一項違反の罪に該らないというのである。

よつて、原判決引用の各証拠、並びに原裁判所において取り調べた各証拠に、当審において取り調べした小野小鈴、小野徳雄、谷口照子、木下延一に対する各証人尋問調書を併せ考えて、所論の各事実に対する犯罪の成否を検討してみると、次のとおりである。

(イ)  小野小鈴に対し、被告人が原判示日時頃、右小野小鈴方において、同人に対し、原判示のとおり、三鬼陽之助に対する投票を依頼した事実は認められるのであるが、小野小鈴方は、菓子小売業を営むものであつて、被告人の勤務する中川産業株式会社大宮工場(以下中川産業と略称する。)でも、当時、小鈴方から菓子を購入しており、その代金の支払は、掛売の場合は、おおむね毎月二五日締切りとして、その月の分を翌月五日頃に支払うこととなつており、その代金は被告人が持参して小鈴方に支払うしきたりとなつていたところ、原判示昭和三三年五月五日ころも又、被告人は右中川産業の小鈴方に対する菓子代金を支払う用件で同人方に出かけ、その代金の支払いをすませた後、話のついでに小鈴に対し、中川産業で三鬼陽之助をおしているから頼むと、同人に対する原判示の投票の依頼をした事実を認めることができるのであつて、被告人が、ことさら右三鬼陽之助に投票を得しめる目的をもつて、前記日時、小鈴方を訪問した事実を認めるに足りる証拠は存しない。

(ロ)  小野徳雄についても事情は同じである。同人は、中川産業の工場建物の補修、建具の入れ替え等の仕事を常時ひきうけており、その代金の支払方法は、おおむね右(イ)の場合と同様であり、被告人が毎月五日ころに徳雄方に持参して支払つていた。そして、原判示昭和三三年五月六日にも又、被告人は徳雄方に対する工場建物の補修代金五、六百円を支払うために、同人方に出かけたものであり、その代金の支払いをすませた後、門口に立つたまま、徳雄に対し、同年五月に施行された衆議院議員選挙の立候補者の下馬評などした際に、原判示のとおり三鬼陽之助に対する投票を依頼した事実を認めることができるのであつて、被告人がことさら、右の投票を得しめる目的をもつて、前記日時、徳雄方を訪問した事実を認めるに足りる証拠は存しない。

(ハ)  谷口照子に対する関係はこうである。すなわち、同人方は食料品雑貨商を営み、中川産業に勤務する工員等の弁当のお菜なども販売しており、被告人も又従前から右照子方で朝又は夕方などに弁当のお菜をととのえていたものであり、原判示の昭和三三年五月七日ころにも、又被告人は、いつものとおり、弁当のお菜のつくだにを右照子方に買いに来て、その際、照子に対し、中川産業で三鬼陽之助をおしていて、自分も票を集めるように言われているので困つているから、なんとか同人に投票してくれるよう頼むと、原判示どおり投票の依頼をした事実は認められるのであるが、被告人が、ことさら、右の投票を得しめる目的をもつて、前記日時照子方を訪問した事実を認めるに足りる証拠は存しない。

(ニ)  木下延一に対する関係は次のとおりである、同人は、被告人の居住する大宮町大字阿曾で理髪店を営む者であつて、被告人は、同店の顧客として、毎月一回位同店に散髪に出かけていたものであるが、原判示昭和三三年五月八日も又、被告人は、いつものとおり、同店に調髪のために出かけて、散髪してもらつていると、延一の方から、前示衆議院議員選挙の話が出たので、その際に、被告人が延一に対し、中川産業では三鬼陽之助をおしていることを話し、暗に同人に対し、投票して貰いたいことをほのめかすような口ぶりを示めした事実は認められるのであるが、被告人が、ことさら、右の投票を得しめる目的をもつて、前記日時延一方を訪問した事実を認めるに足りる証拠は存しない。

ところで、公職選挙法一三八条一項違反の罪(以下戸別訪問罪という)は、いわゆる目的罪に属するもので、選挙に関し、投票を得若しくは得しめない目的をもつて、戸別に選挙人の居宅を訪問することにより成立するものであるから、右の目的をもたないで、選挙人の居宅を訪れた者が、たまたまその訪問先において、選挙に関し、特定の候補者に対する投票を依頼し、しかも、その訪問が戸別になされた場合であつても、同罪の成立はないものと解すべきである。このことは、公職選挙法が、選挙運動者において、戸別訪問によらずして、選挙人の個々に面接して選挙運動をすることを、禁止していないことからも是認されるであろう。もつとも、このように解すれば、右一三八条一項所定の目的をもつて戸別訪問をした者が、その目的を否認し、他の目的を虚構することにより、たやすく同条の禁止を免れることとなり、取締の目的を達することができなくなるのではないかとの非難があろう。しかし、前示の目的をもつて連続して選挙人方を訪問したときは、その訪問について他の用務を併せ有した場合であつても、戸別訪問罪の成立することは、もちろんであり、かりに、取締の目的を達するに困難な事態を生ずるとしても、それは、戸別訪問罪が、前記のごとく目的罪であることに由来することであつて、取締の目的を追うに急なる余り、法の明文を曲げて解釈するごときことは、厳に慎まなければならないことである。

してみれば、原判示事実中、前記、小野小鈴、小野徳雄、谷口照子、木下延一に対する各事実は罪とならないものというべく、原判決はこの点において、公職選挙法一三八条一項の解釈適用を誤つたか、事実を誤認したものである。そして、原判決は、前記各事実を、その余の各戸別訪問の事実と併せて戸別訪問罪の包括一罪として処断しているのであるが、右原判決の誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に該るものと解すべきであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判官 滝川重郎 渡辺門偉男 谷口正孝)

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